電池の歴史:どうやって電気を持ち歩けるようになったのか?

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古代の電池

最も古いバッテリーらしきものは3世紀に作られた土器の壷で、1938年にバグダッド近郊でドイツ人画家 ヴィルヘルム・ケーニヒによって発見されたものです。

壷の中には銅のシート覆われた鉄の棒が入っていました。壷にはある種の電解質が入る隙間があったので、ケーニヒ、これはガルバニ電池で、ササン朝ペルシャの住民が電気メッキに使ったものに違いないと主張したのでした。

訳注:オーパーツとして有名なバグダッド電池

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まあ、この装置を再現してみる実験が何度も行なわれていまして、その中には有名な MythBusters (怪しい伝説 Wikipedia)によるものもあるのですが、低い電圧ではあっても電気を起こせて、なんとか電気メッキすることができる、ことが解っています。

とは言っても、大方の考古学者は、これはバッテリーなんかでは無くて、聖なる巻物の容れ物だろうと言っています。この壷が作られた当時の金属コーティングは火を使ったメッキが主流で、ケーニヒの電気メッキ説は根拠に乏しいのです。

バグダッドバッテリーがどのような目的で作られていたとしても、科学者達が電流というものを理解するようになるより遥か以前に作られた古代電池としては不適切であったとしても、これが興味深い古代遺物であることは間違いありません。

ボルタ電池

最初の本当の電池は1800年代、アレッサンドロ・ ボルタによって作られました。パヴィア大学で教授だった時、ボルタはルイージ・ガルヴァーニと共に働いていました。

ガルヴァーニは生物学者で、 カエルを解剖している時に、メスがカエルを支えている真鍮のフックに触れると、カエルの足が痙攣することを発見したのでした。

ガルヴァーニは(ガルヴァナイズの語源だったりします)これを生命を動かす電気の力、ガルヴァーニはこれを”動物電気”と呼んでいました、の証拠だと信じていました。

ボルタはガルヴァーニの実験を再現しましたが、ガルヴァーニとは違う結論に達しました。ボルタは、電気は、カエルの生命力によってもたらされたものではなく、メスとフックの金属の接触によってもたらされた、と考えたのでした。

ボルタはこの研究を進めていって、 亜鉛と銀の円盤を積み重ねて、その間に塩水に使った厚紙を挟んだもの、 ボルタの電堆(voltaic pile WikiPedia) 、を作り出したのでした。重ねた円盤の一番上と一番下をワイヤで繋ぐと電流を取り出すことができました。これが以降のバッテリーの基礎となったものです。ボルタの業績を称えて、電位の測定単位がボルトと呼ばれているのです。

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アルカリ電池

今現在知られている電池は比較的最近の発明品です。 1950年代、ユニオン・カーバイドのエバレディ・バッテリー工場で働いていたエンジニアの ルイス・アリーは、今では当たり前かも知れませんがという仕事が与えられました。

おもちゃで使う電池の持ちを良くするという課題です。ボスは、既存電池のちょっとした改良を期待していたのですが、アリー氏、二酸化マンガンと亜鉛のパウダー組み合わせで新しい電池作ってしまいました。

こうして現代のアルカリ乾電池(Wikipedia)、以前の電池よりパワフルで長持ちする電池が出てきたのでした。最初にアルカリ乾電池が出現したのは1959年、それ以来現在に至るまで、たゆまざる改良が繰り返されて来ています。

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